第3回エンターティメント事業経営×ビジネススクール編

エンタメをセオリーとして学んだから、業界の変化にも恐れず立ち向かえます

写真:清水太郎さん

清水太郎さん
(株式会社シミズオクト代表取締役社長)

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写真:北谷賢司教授

北谷賢司教授
(KIT虎ノ門大学院)

  • 自社の強みが活きるビジネスをつくるため、40代半ばで大学院へ
  • エンタメ産業の全体像がわかることで、お客様の課題がわかる
  • コロナで変わるエンタメで、新たな価値とビジネスをつくりたい

自社の強みが活きるビジネスをつくるため、40代半ばで大学院へ

昔から親交のあった北谷賢司先生に、「今度エンタメ産業について学べる学科ができたから学びに来ないか」と誘われたとき、私は40代半ば。正直「今さら大学院で学んでも……」という気持ちもありました。それでも入学することにしたのは、今まで培ってきた現場のノウハウにアカデミックな知識が加われば、もっと新しく、合理的なビジネスができるのではないかと思ったからです。

私が社長を務めるシミズオクトは、スポーツや音楽コンサートなどのイベント領域で、ステージを設営する「モノづくり」と、必要な人員を手配する「警備」を手掛ける会社です。この両方を1社完結で行える企業は、日本どころか世界中を見ても数が少ない。両面ができると何がよいかというと、たとえば大規模なマラソン大会の場合、設営面では交通規制のための看板配置を行う必要があり、警備面では数千人単位の警備員を配置しなければなりませんが、両方を当社で担当すれば、それぞれの持ち場に散った警備員が近くで看板を設営すればよく、作業を大きく効率化、合理化できます。このように、自社の強みが活きるビジネスをもっとつくり出していくには、大学院での学びが役に立つかもしれない、と思いました。

創業者である祖父の社訓は「裏方に徹する」。社内には、裏方=あくまで手助けであり、自分から意見するのには抵抗がある者もいます。しかし、依頼されたものを忠実につくる「オーダー型」が中心だった昔の商習慣と比べ、今は現場のノウハウがある自分たちに「提案してほしい」というご依頼も増えています。ちょうどその頃は、スポーツ界では東京2020の開催が決まり、音楽業界ではCDから配信への移行とともに収益をライブに依存する構造に変わりつつあった頃で、われわれも「裏方」の意味を問い直す時期に来ていました。

当時、私自身はすでに社長に就任してはいましたが、先代社長である父が会長として元気に働いていました。父が完全に引退してしまえば、じっくり学ぶ時間は取れそうもない。そんなこともあって、大学院入学を決意したのです。

写真:清水太郎さん
清水太郎さん(KIT虎ノ門大学院修了生)
株式会社シミズオクト代表取締役社長。祖父が創業した会社に入社し、ライブエンターテイメント、とくにスポーツとコンサート分野の仕事に従事。37歳で社長に就任し、先代社長の父と二人三脚で経営にあたっている間の2012年、44歳でKIT虎ノ門大学院に入学する。

エンタメ産業の全体像がわかることで、お客様の課題がわかる

在学中の2年間は会社にも事情を説明し、授業最優先にしてもらうようにしました。たまたま他にも大学に通っている社員らがいて、彼らとも悩みを共有しながら頑張りました。KITは出席にも厳しく、発言内容も成績になるので予習も大変ですが、同級生はモチベーションの高い人ばかり。自分には若い頃から取り組むべき仕事があり、「自分から何か事業を興す」という発想がなかったので、アントレプレナーシップを持つ同級生には相当な刺激を受けましたね。日本を代表するような大企業の社員も多く、「大企業はこういう考え方をするのか」と勉強になったものです。

学んだ内容の中心は、エンタメ産業全体の構造と、知財などの法律関係です。コンサートの仕事をしているといっても、知っているのはイベントまわりのノウハウだけ。レコード会社やプロモーターの仕事内容や、映画、テレビ産業がどうビジネスとして成り立っているのか?ということがわかってくると、エンタメビジネスの全体像がクリアに見えるようになり、日々の業務で目の前にある「なぜこうなってしまうのかわからないこと」についても事情がわかってくるのです。自分のお客様である人たちが何を考え、どんなロジックで動いているかが見えてくるので、仕事でも先回りして動くことができるようになりました。自分の仕事以外の部分がどう動いているのかを知り、最新のビジネスモデルを学ぶことで、新ビジネスの開発にも道が開ける思いがしました。

また現場には業界内でしか通用しない常識や用語が多いもの。そこでいくら経験を積んでも、たとえば銀行などの金融機関の方々ときちんと話ができるとは限りません。細かいことながら、そういうビジネスの共通用語のようなものを学べたことも役に立ちました。苦労したのは知財や著作権関係の科目ですね。概念としては理解できるのですが、歳のせいもあってか暗記には手こずりました(笑)。

コロナで変わるエンタメで、新たな価値とビジネスをつくりたい

写真:清水太郎さん

修論では、当社が主催企業の一つとなっていたロックフェスティバル「氣志團万博 2012 ~房総ロックンロール・オリンピック~」の会場で実証試験を行い、それを論文にまとめました。ワンセグ型エリア放送を利用し、ライブ会場内のお客さんの端末に、より一層楽しめるコンテンツや、スケジュール情報などの高いデータ配信、その結果を分析するというものです。

大掛かりな試みで、技術面での協力企業も必要でしたが、北谷先生のご紹介でちょうどこれから新システムを市場に出そうとしていたJVCケンウッドさんにご協力いただくことができました。普通ならやってみたくてもなかなかチャンネルがなく難しいことですが、それが実現でき、両社にとって実りのある結果となったことも、大学院という場のおかげだと思います。

今、コンサートはどう付加価値をつけるかが問われる時代です。このときに行ったように、会場内限定で手もとの端末に情報配信をする「セカンドスクリーン」もそんな付加価値の一つ。今ならワンセグではなくスマートフォン向けということになりますが、来場者の手もとにどう情報を流すのかという点では同じ。新しい技術の活用という点で、とてもよい経験になりました。

コロナの影響でエンタメは大きく変わっています。これまで不変不滅の価値があると思っていたライブの一体感、臨場感も、物理的に実現できなくなってしまいました。無観客配信も行われていますが、取っては代われないと感じています。今後どうなっていくべきかというと答えは出ていませんが、私としては、恐れずに変わる必要があると思っています。そんな状況下で「これからどんな価値を提供し、どうマネタイズするのか」を考えるには、先人がその仕組みをどう作り出してきたか「セオリー」を理解している必要があると思います。それが学べる唯一の場所が大学院だと、私は思います。

教員から

業界を理論でとらえるスキルが、エンタメ再興の力になる

写真:北谷賢司教授

エンタメ産業についての学びはともすると、業界人が経験値だけで教えるような内容になりがちです。北米には、法律的な知識も踏まえつつビジネスとして学べる場が少ないながらありますが、日本にもそういう場をつくりたいと考え、この研究科を開設しました。学んでいる人は、清水さんのようなエンタメ、メディア業界の事業承継者のほか、大手メディア社員、放送行政関係者、また何かコンテンツを持っていてそれをエンタメビジネスにしたい人などさまざまです。

KITでは修了条件として学術論文とプロジェクトレポートが選べますが、どうしても時間がない場合以外は論文をお勧めしています。考え方がロジカルになり、ビジネスの場で何か聞かれたときにきちんと説明ができるようになり、先行研究へ知識も増すのは論文執筆の大きな効用。清水さんの論文も、7年前のものですが今も価値があると思います。

清水さんの業界はエンタメの中でもイベントに関わる業界だけに、コロナによるダメージはとくに大きいと思います。しかしそんな時代だからこそ、ここで身につけた知識とスキルが、産業構造を作り変える原動力になるのではないでしょうか。清水さんは大学院修了後も私の著書で産業トレンドの勉強を続けてくださっている他、後輩へのゲスト講師として今でも寄与していただいています。大学院修了でおしまいというのではなく、修了生と大学院の関係が発展的に継続していくということもKITの魅力だと思っています 。


北谷賢司さん

KIT虎ノ門大学院教授。コンテンツ&テクノロジー融合研究所所長。ワシントン州立大学卒業。ウィスコンシン大学大学院修士、博士(テレコミュニケーション法、経営学)。米国での大学で教鞭を取ったのち、TBS、東京ドーム、ソニー、エイベックス、米AEG等で要職を歴任する。