特集:アスリートのセカンドキャリア ~スポーツを通じて学んだことは必ず役に立つ~

スポーツで経験し、培ったことすべてが
違う世界に行って役に立たないはずがない

写真:髙木大成さん
©SEIBU Lions

スポーツで経験し、培ったことすべてが
違う世界に行って役に立たないはずがない

髙木大成(たかぎ・たいせい)さん
慶應義塾大学から、1995年のドラフト1位で西武ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)に捕手として入団。
プロ1年目は80試合に出場し、打率.278の成績を残す。翌年のシーズン途中で、一塁手に転向。
1997、1998年、主に三番打者として活躍し、ライオンズのパ・リーグ連覇に貢献したほか、ゴールデングラブ賞を受賞している。
「レオのプリンス」と呼ばれた人気選手だったが、度重なるけがには勝てず、2005年シーズンを最後に現役から引退。西武ライオンズの社員となる。
  • プロで10年プレーして、32歳。「スーツを着て仕事をし始める」にはギリギリのタイミング
  • 日本の元プロスポーツ選手の社会的ステータスが、もっと上がってほしい
  • スポーツ選手なら、歯を食いしばって頑張った経験があるはず。その経験は必ず生きる

プロで10年プレーして、32歳。「スーツを着て仕事をし始める」にはギリギリのタイミング

——髙木さんは、1995年にドラフト1位で西武ライオンズに入団、「子どもの頃からの夢」がかないプロ野球選手になられました。

髙木 出来過ぎですよね(苦笑)。
ただ、ドラフト1位だからといってプロで通用するかどうかは分かりません。入団したときは、「何があっても3年は頑張ろう。3年やって結果が出せなかったら、次を考えなきゃいけないな」と、思っていました。

1年目のシーズンが終わって、「ある程度はやれるかな」と感じた一方、「体力的にも、精神的にも、ものすごくハードだ」と痛感していました。

いいバッターでも打率は3割ですから、7割以上は失敗するのが普通の仕事です。自分のエラーで試合に負け、その1敗のせいで優勝を逃すことだってあり得ます。覚悟していましたが、精神的なキツさは想像以上でした。それよりも大変だったのが体力面で、想像を超越してキツかったです。

——それほどキツかったプロ野球選手を続けることができた原動力は、何なのでしょうか。

髙木 『自分が一番自信を持ってできる仕事』が野球だった、からでしょう。その『一番自信を持ってできる仕事』を続けるために、手術を受けるという“勝負”もしたわけです。

——10年目のシーズンが終わった2005年の秋季キャンプ直前、戦力外通告を受けます。ライオンズの「選手」からライオンズの「社員」への“転職”は、悩まれたことだと思います。

髙木 球団からは、戦力外通告を受けると同時に、「西武グループで働いてみないか」という打診をいただいていたんです。

1カ月悩みました。入団時の監督だった東尾修さんをはじめ、学生時代の恩師や友人、多くの方に相談に乗ってもらいました。東尾さんは「球団の社員になるのがいいのではないか」とおっしゃいました。他の人については、具体的にどうしたら良いのかは私の人生なので、はっきりとはお話されませんでしたが、セカンドキャリアへ進むのが良いのではないかという雰囲気を感じました。

目先のことだけを考えれば、やはりどうしても「選手」をやりたいわけです。けれども、いろいろな方と話しているうちに、「引退後、自分がどうなりたいのか」が少しずつ見えてきたという感じでした。

結局、西武ライオンズ球団の社員として働く道を選択したのですが、32歳という年齢が「スーツを着て仕事をし始める」ギリギリのタイミングではないかと思いました。

もうひとつ、当時は私の好きなライオンズがより良くなるために変わろうとしているタイミングで、その社員としてライオンズの価値を高めるための仕事ができることは、とても魅力的でした。当時は、サッカー人気に押され、2004年にはプロ野球界の再編問題が起こるなど、球団経営を見直さなければならない時期で、その大事な時期に球団から必要とされたことは、幸せに感じました。

日本の元プロスポーツ選手の社会的ステータスが、もっと上がってほしい

——髙木さんが現役を引退なさった2005年頃と違って、今は、選手の引退後のキャリアの問題についてプロ野球界全体が考えるようになったのではないでしょうか。

髙木 そうですね。セカンドキャリアの問題については、日本プロ野球選手会も具体的な取り組みを始めていますし、一般のメディアも取り上げるようになってきたと思います。私が現役の頃は、「一人の人間として引退後はどうなるの」というところまでフューチャーされることはあまりなかったのですが、セカンドキャリアに関する課題がきちんと情報発信されるようになったことはいいことだと思っています。

——セカンドキャリアについての課題が広く認識されるようになることで、現役の選手にも何か影響が出ているのでしょうか。

髙木 いや、そんなことはないと思います。現役選手は「一年でも長くプロ野球選手でいたい」という思いで後先考えずにがむしゃらにプレーしているはずで、そこは、私の頃と変わっていないと思いますよ。

——日本野球機構が、「現役若手プロ野球選手への『セカンドキャリア』に関するアンケート」を実施しています。2020年の調査では、「引退後の生活に不安を持っているか」という問いに「不安がある」と答えた人が49.8%でした。その「不安がある」と答えた人に「不安な要素は何か」と聞くと、「進路(引退後、何をやっていけばいいか?)」を挙げた人が85.3%で圧倒的な多さでした。

髙木 そのアンケート結果は、元プロ野球選手としてとてもよく分かります。若手プロ野球選手たちの正直な気持ちでしょう。野球でご飯が食べられるようになりたいとこれまで懸命に頑張ってやってきたはずで、就職活動をしてきたわけでもないし、現役生活が終わった後のことなど考えてもこなかったでしょう。

——「引退後、何をやっていけばいいかが分からない」という不安は、個人の問題で済まされてしまいそうです。セカンドキャリアの問題は、選手一人ひとりの力で乗り越えていかなければならないのでしょうか。

髙木 野球界に限らず、日本のスポーツ界全体の発展という観点から考えると、セカンドキャリアの問題は社会全体で取り組んでほしい課題だと思っています。
特に訴えたいのは、「プロスポーツを一つの職業、プロスポーツ選手をその道を極めたプロフェッショナルとして認めてほしい」という点です。

例えば、今、高校の硬式野球部には、1学年当たり45,000人前後の生徒が在籍しています。それに対し、2020年にドラフト会議で指名され、高校・大学・社会人からプロ野球球団に入団できたのは、わずか123人しかいません。つまり、プロ野球で活躍したかどうかにかかわらず、プロ野球選手は皆、その道のトップアスリートであり、プロ野球選手になったということ自体が、一つの道を極めようとその人が懸命に努力してきたことの証です。そうした理解が社会に浸透していくことを願っています。

もちろん、野球だけでなく、すべてのプロスポーツについて同じことが言えると考えています。プロスポーツが一つの職業として評価され、プロスポーツ選手がその職業を通じて身に付けた資質や能力がきちんと評価されるようになれば、セカンドキャリアの選択の幅が確実に広がっていくのではないでしょうか。

米国では、野球も、バスケットボールも、アイスホッケーも、ゴルフも、引退後の選手はとても尊敬され、社会的ステータスがとても高いように感じます。元プロスポーツ選手は敬意を集めているので職に就きやすいですし、雇用した企業にとっても、そのことがステータスになる社会です。また、多くのプロスポーツ界が、充実した年金制度を備えています。

日本でも、引退後のプロスポーツ選手の社会的ステータスがもっと上がっていってほしいと思っています。

スポーツ選手なら、歯を食いしばって頑張った経験があるはず。その経験は必ず生きる

——元プロスポーツ選手の社会的ステータスを上げていくには、社会の認識が変わることが大事だと思いますが、一方で、髙木さんのような元選手の方々が“実績”を積み上げていくことも大事ではないでしょうか。

髙木 おっしゃる通りだと思います。今、自分が目の前の仕事に一生懸命取り組むことが「元野球選手でもできる」という評価につながり、後に続く世代のセカンドキャリアを切り開いていくことになるという意識を持ってやっています。

——最後に、セカンドキャリアに不安を感じている多くの現役プロスポーツ選手に向けて、髙木さんご自身の経験を交え、エールを送っていただけませんか。

髙木 プロスポーツ選手なら誰しも、その競技から離れることを恐怖に感じると思います。でも、今まで一生懸命取り組んできたことに対して自信を持っていいと思うんです、たとえ他のスキルがないとしても。

私自身、野球をやっていたことを言い訳にして、ちゃんと勉強をしてきませんでした。それは反省点であり、自分の足りていない部分だと思っています。しかし、セカンドキャリアの中で、その足りていない部分は必ず取り返しがつきます。私は、社員になった後9つの職種で働いてきましたが、その都度、仕事に必要なことは学んでいます。スポーツビジネスを学ぶスクールに通ったこともあります。そうやって頑張ってこられたのは、プロ野球選手として“本当に全力で取り組んできた”経験が自信になっているからです。

長い人生、歯を食いしばらなきゃいけないことってあるじゃないですか。スポーツ選手は、スポーツという形ではあっても、歯を食いしばって頑張った経験をしてきたはずで、その経験は違う世界でも生きてきます。

多くの人が「自分はスポーツしかやってこなかったから」と思っているでしょう。でも、体力、集中力、闘争心、チームワークと組織マネジメント力、データを駆使する思考力・論理性、メンタルをコントロールする力、……スポーツを通じて学んだこと、身に付けたことが、たくさんあるはずです。そのすべてを、自分の強みとして、スポーツ以外の世界に持っていくことができます。そのすべてが、セカンドキャリアで役に立たないはずがありません。ぜひ、自信を持って、違う世界、新しい世界に足を踏み入れてほしいと思っています。

髙木さんは、引退後、グループ会社であるプリンスホテルに異動となっていた時期を挟み、10年以上「プロ野球球団の社員」として西武ライオンズのさまざまな業務に携わっている。 ライオンズの“後輩”たちの近くで仕事をしていることもあってか、その眼差しはプロ野球選手たちへの愛情にあふれ、その言葉は選手たちに優しい。 しかし、髙木さんの主張は明快で、核心を突く。選手たちには「自信を持ってセカンドキャリアに挑んでほしい」と呼びかけ、社会に向けては「スポーツ選手のステータス向上を図ってほしい」と訴える。そして、自身に向けても「元選手の頑張りが若い世代のセカンドキャリアを切り開く」と、叱咤しているのだ。