特集:鹿児島大学の取り組み

関係機関との課題意識の共有が、プログラムを支援してくれる体制づくりにつながる

関係機関との課題意識の共有が、プログラムを支援してくれる体制づくりにつながる

世界自然遺産登録の好機を生かし、奄美の「環境文化」を付加価値化する先駆的な人材育成
奄美群島地域をターゲットに、今後成長が期待される総合産業としての観光分野において、転職・就業を希望する者に対して実施。奄美の環境文化を深く理解し、それらに付加価値を与え、地域資源として持続的に利活用するためのマインド、並びに基本的な知識とスキルを身につけ、希望する就業形態に応じて知識とスキルの習得を目指すプログラム。
  • 大学が関わらなければできない人材育成プログラム
  • ニーズ調査は多様な属性の人と会い、ヒアリングではなくディスカッションで
  • 予想に反して、受講生の半数以上が起業を志向していた

大学が関わらなければできない人材育成プログラム

——鹿児島大学のリカレントプログラム「世界自然遺産の好機を生かし、奄美の『環境文化』を付加価値化する先駆的な人材育成」は、どのような経緯で始まったのでしょうか?

小栗: 奄美群島とは、ここ10年くらいの間、関わりを持ってきました。その中で、社会人向けの教育に取り組んでいきたいと思っていたところ、文部科学省のリカレント教育推進事業があることを知り、ぜひ活用したいと考えたことが大きなきっかけとなりました。

奄美市の行政関係者、就職・起業を支援する部署へのヒアリングや意見交換を基に総合的に検討した結果、地元の皆さんが求めているけれども手が付けられていないテーマとして「環境文化」が浮かび上がってきました。既に行政等で行われている人材育成ではなく、大学が関わらなければできないものは何かを考え、元々本学のプロジェクトとして取り組んでいた「環境文化」を仕事づくりにつなげていくプログラムを構築しました。

——今回のプログラムでは、どのようなスキルを身につけてもらうことを目的にしていたのでしょうか?

小栗: まずスキルの前に、マインドが重要だと考えていました。奄美群島の人々は、自然・地理・歴史に規定された条件の下、かなり古い時代からの知恵や文化を継承しながら、限られた資源を上手に生かして暮らしてきました。そこでは、資源がどのように維持されてきたのか、資源をどのように使って暮らしを持続させてきたのか、人間関係を壊さない形で生きるためのすべや新しい仕事をどのように創出してきたのか、といった点について、先人たちの思いも含めてすくい上げ、認識していく過程で形成されるマインドを大切にしました。 そうしたマインド形成には知識も必要ですし、スキルはその延長線上で必要になってくると考えています。

本プログラムは、認識していく過程で形成されるマインドを基盤に、本当に意味のある起業や仕事とは何であるかを考え、それを実現させるための知識・スキルの習得とネットワークの構築を狙いとしています。

ニーズ調査は多様な属性の人と会い、ヒアリングではなくディスカッションで

——プログラムを立ち上げるに当たり、プログラムに対するニーズの把握はどのように行ったのでしょうか?

小栗: 時間等の制約があり、残念ながら実際に調査に行けたのは奄美大島だけでした。奄美大島では、奄美市の他、商工会議所、奄美群島振興開発基金、県などの公的機関や個人事業者の方々と面談し、情報収集を行いました。

行政などで聞いたことと現場で聞く話にはギャップが出てきますから、多様な属性の方とお会いして話を聞き、総合的な観点からニーズを把握していくことがポイントだと考えています。ですから、ニーズ調査でお会いした方々とは、ヒアリングというより、ディスカッションをメインに行っています。ディスカッション形式で、他の組織・機関の課題認識を伝えることで、議論がふくらんでいくことに加えて、関係機関の間で課題意識が共有されるようになります。そのことにも大きな意味があると思っていますし、課題意識が共有されることで関係機関、関係者の方からのその後の協力も得やすくなります。実際、本プログラムの事業実施委員会を、メンバーの皆さん方が課題意識を共有している状態でスタートさせることができました。

ニーズ調査を行う過程で、地域の課題を確認、認識され、結果としてプログラムを支える体制がつくられていったと思っています。

——調査で把握されたニーズは、プログラムのカリキュラムにどのように反映されたのでしょうか?

小栗: どのような「知」が提供できるか、どのような「知」を共有しなければならないかを考えたとき、学際的に学ぶ必要性を強く感じました。自然科学の視点も必要ですし、歴史、文化の視点も必要で、そうした学術「知」の組み合わせが大事になります。加えて、地元の人のローカル「知」も組み合わせていく必要もあります。また、提供されたものをディスカッションすることによって受講生が自身のものとして消化、獲得していけるような工夫も必要でした。

その他に、受講希望者の平均年齢が40歳前後と意外に若く、昔の暮らしぶりを体験していない層だったので、体験での学びも組み込む必要があると考えました。

もう一つ、学際的な学びを教える側の人材という点で、多様な領域の専門家を配置するだけでは不十分で、それぞれの専門領域をつなげることのできる専門家の配置を重視しました。

予想に反して、受講生の半数以上が起業を志向していた

——今回のプログラムは、受講生の就職や転職に実際にどのように役立っているのでしょうか?

小栗: 「転職・就職支援」を打ち出していましたが、起業を目指す受講生が非常に多くいました。また、もうすでに事業を立ち上げている人も受講していました。

この事業を始める際、このプログラムを通して起業する仲間や、それを支える人材など多様な人たちで構成されるビジネスのクラスターが形成され、5つの島の12市町村を超えてつながるネットワークがつくられることを構想していました。実際、すでに受講生たちによる「同期会」が立ち上がっていて、活発に動き始めています。こうした点は、プログラムの成果といってもいいのではないでしょうか。

プログラムの募集定員は50人で、そのうち「起業家コース」が20人、WEBサイトの立ち上げ・運営を想定した「WEBデザインコース」が30人という内訳にしていましたが、実際に受講した人たちの半数以上が起業を志向していました。これは私たちにとってはやや意外なことでした。

起業といってもソーシャルビジネス的な起業を考えている人が多くいたこと、若い世代の受講生の割合も予想以上に高かったことも、当初の予想を超えた特徴でした。島では創造性の高い仕事がじゅうぶんにないこともあり、既存の仕事への就職よりも新しい事業を開始することへのニーズが高かった面もあるように思われます。同じことは、離島以外の地方でも当てはまる場合があると考えられ、大学等が提供するリカレントプログラムの意義の一つが、創造的な仕事を生み出すことにあるのではないかと考えられます。今回のプログラムの経験を踏まえて、今後のリカレント教育の展開に生かしていきたいと考えています。

Voice

受講生

―受講したプログラムは、どのようなところに魅力を感じましたか?

講師も受講生も協力者の皆様も全員が魅力的でした。ビジネスプランも立案でき、生涯において大切な仲間もできてよかったです。


受講生

―受講したプログラムは、どのようなところに魅力を感じましたか?

同じ目的の受講生同士の交流を通じて、将来のビジネスの連携の可能性が見えました。


受講生

―プログラムに関する感想、ご意見をお聞かせください。

島歩きも満喫出来て最高でした。ビジネスプランも短期間でこんなにクオリティの高いものができると思いませんでした。


受講生

―受講を考える方に、メッセージをお願いします。

世界自然遺産に認定された奄美大島の自然や文化、歴史について学べるだけでなく、それらをどう活用するかも学ぶことができ、奄美群島の地域活性化にも繋がる講義だったと思います。特に現地に赴いての学習は各島それぞれの空気感や文化を肌で感じることができ、忘れられない経験になると思いますよ。


受講生

―受講を考える方に、メッセージをお願いします。

起業するためだけでなく、生活する上でもとても大切な学びを得られます。また、群島での横の繋がりもできるため、起業するにあたっての仲間作りもできますよ。